アメリカネバダ州在住 ビズダニ紀代子さんの体験談
私はビズダニ紀代子といいます。37歳です。私は今生きていることの喜びを皆様にお伝えしたく
今日ここへ出かけてまいりました。というのは98年の5月にアメリカで両側の卵巣がんを患いまし
て、ネバダ州にあるラスベガスの病院で手術を受けましたところ、両側の卵巣と子宮を全部とられ
ました。その他、内臓や骨盤にもしっかり転移していたため余命6ヶ月と診断されました。
それで日本人の体は日本人の先生の方がわかってくれると思い故郷の知多市に戻り知多の病院に行って診てもらいましたところやはり同じ診断でした。頼りにしていた日本の病院もだめということで、次
に東洋医学の専門の病院でも診てもらいましたが、治りきらず段々悪くなる一方でした。
今日は私のこれまでの健康面に対する失敗談と大沼先生に出会うまでの長い道のりと、大沼先生の指導を受けた後の体調の変化についてお話させていただきます。
そもそも私は生まれも育ちも日本で、愛知県の知多というところです。
食事は野菜中心で育てられ、体が丈夫なだけがとりえでした。20歳のころからアメリカヘ行ったり来たりしまして、13年前から完全に生活の場をアメリカで過ごすようになりました。
最初はユタ州といいましてアメリカの三角地帯に住んでおりましたので魚介類は全く手に入らず、野菜も高価だったものですから、好むと好まざるとにかかわらず、朝昼晩365日肉ばっかりの生活でした。ごはん代わりにパン、水代わりにコカヲーラ、お茶代わりにブラックコーヒー、おやつは着色料、
保存料、添加物のたっぷり入ったジャンクスナック、冷凍食品、インスタント、缶詰は当たりまえでしたので、渡米して1年で10キロ増えました。ところが今日ここに来る前に体重計に乗ってみましたところ、
ちょうど10キロ減っていて13年前の渡米する前の体重に戻っておりました。すごいなあと思い感激してきました。
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《末期卵巣がん発症》
私は気力、体力、時の運だけは自信があったものですから、アメリカで食生活が変化したにも関わ
らず体の変化には何の疑問も持たずにおりました。その後5年後ぐらいに新しい職場に変わり対人
関係で過度なストレスに虐げられるような生活を送ることになりました。それに当時はまだ食生活
や精神的な過度のストレスが、体と密接な関係にあることなど思いもよりませんでした。
30歳を過ぎてアメリカ人の主人と出会い結婚、引越し、妊娠、出産。特に育児の時は子供が3時
間おきに起きるものですから睡眠障害で昼間起きていてもふらふらの状態でした。そんな生活も
やっと落ち着いてホッとしたところに突然病が襲ってくることになりました。
それまで毎年子宮がん検診をしてきたにもかかわらず発病してしまいました。98年の5月の話です。
最初はドクターも判らず卵巣脳腫という診断でしたけれど、お腹を関いてみたものの当時ですでに末期の卵巣がんということだったのです。
ドクターは「目に見える範囲のがんは全て取り除いたので大丈夫だろう。もしそれで不安があっ
たら抗がん剤を受けてもいいよ。ただ一月に一回の抗がん剤で130万円ずっかかりますよ。お金
のことがおしいならそのままでもいいよ」と言われました。
たまたまその時に保険が切れていたものですから、家一軒分を払って手術を受けました。幼児を抱え、抗がん剤を受けふらふらになりながらの生活を、とても続ける勇気はありませんでした。また当時永住権を取れなかったということでアメリカから国外に出ることもできず、向うでの生活を続けておりました。
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《2年後に再発》
手術の後は体調もよく順調に回復に向かっていると思い、またもとの生活に戻り育児やなんやか
んやでストレスもたまり睡眠障害にも陥るという生活を続けておりましたら、手術から2年後に再
発しました。それでドクターのところへ行って調べていただいた結果、あまりにも広範囲に広がっ
ていて左側の腎臓は死んでしまった状態で、機能していないといわれました。がんが広がりすぎてい
たため手術はできないということでした。担当医は諦めてしまったのですが、家族は諦めきれず、
最後の切り札として日本人の体は日本人のドクターだったらなんとかしてくれると思い日本にやっ
てまいりました。
私は西洋医学こそが救いの道、西洋医学こそが医療の最高峰と信じて疑わなかったものですから、
迷わず知多の病院に行きました。そこで、色々な検査をした結果やはり同じでした。
骨盤などあまりに広範囲に広がり過ぎて「手術はできない」といわれました。さらに「今後少し
でも悪化するようであれば、排尿は背中から管を通し、排便は人工肛門で排泄するようになり、完
治は不可能であり、生きてアメリカに帰ることもできません。ご主人とこの世でお会いするこ
ともありえないでしょう」と言われました。「ただ延命のためだけに抗がん剤を3回打った後に、お
腹を切って開いてみて、次は命ある限り抗がん剤をうち続けます。それも死ぬまでで、それ以外に方
法はありません」と言われました。
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《副作用で瀕死の状態》
私もその時は抗がん剤だけが全てだと思い込んでいたものですから、なんの疑いもなく言われるま
まに受けることになりました。最初の予定では一ケ月に一回ずつ受けることになっていました。
皆さんの中でも経験のおありになる方は分かると思いますが、抗がん剤を受けると同時にすさま
じい吐き気とめまいがありました。また、手先指先は”マラソン選手の足が麻痺”じゃないですが、
私はピアノを教える仕事をしていましたので、ピアノを弾こうにもしどろもどろで、針を剌しても感
覚がありませんでした。
それ以上にひどかったのは全身が蕁麻疹(じんましん)だらけで、退院した後も夜中に救急外来に何度も運ばれるほどのひどさでした。全身血だらけでシャツが血みどろになり、感染の予防のため外から遊んで帰ってきた子供を抱くこともできないという状態が続きました。
抗がん剤は月に一度なのですが、吐き気がでるから吐き気止め、食事が取れないから元気が出る
薬を打たれ、全身じんましんなものですからかゆみ止めを打ち、白血球の教が少ないということで骨か
ら白血球をだしましょうということで、4種類もの注射が毎日続くことになりました。
それで一回、二回と続くうちに心も体もほとほと正直言って疲れまして、西洋医学は限界と思い知人の紹介で三重県にあります東洋医学の病院に通うことになりました。
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《望みをかけて東洋医学へ》
そこでは血液をきれいにしようということで食事の改善と漢方を朝昼晩と何種類も狂ったように
飲み続けました。最初は抗がん剤を止めたために体調は良くなって回復に向かっているかと思って
いたのですが、私の知らないうちにがんはどんどん進行していました。そのうち血便が出てどんど
ん悪くなっていきました。
そうこうしているうちにどんどん体が起き上がれないような疲れに悩まされ、このままではいけ
ないと思い、接骨院にいってマッサージをしてもらったり、気孔にいってパワーを入れてもらった
りとかいろんなことをやってまいりました。ところがどんな手をつくしてもダメでした。
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《最後の賭け》
それで電話帳を端から端まで調べて自然医学総合研究所をみつけました。ここがダメだったら死
ぬのを覚悟で主人の顔を見にアメリカに帰ろうと思っていました。
ようやく長いながい道のりの結果、大沼先生に出会うことになりました。
私はそれまで医療や病気に対する疑問は沢山ありましたが良い患者でいようと思い、嫌われないようにと質問もせず言われるままにしてきました。アメリカではドクターでもチップを払うと何でもしてくれますがチップを払わないと何もしてくれないものですから、とにかくいい患者でいることにしていました。
しかし、ここが最後と思い決心していたものですから、今まで持っていた疑問を全部質問してみま
したところ、ストレスと病気の関係や骨盤の歪み、消化吸収や白血球と発がんの関係などのほか、
卵巣や子宮の循環障害と発がんの関係など、西洋医学でも解かっていないことがあることなどなど、
大沼先生は子供でも分かるようにひとつひとつ丁寧に分かりやすく敦えていただきまして本当に
スッキリしました。
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《初めての血液画像検査》
私は母に連れ添ってもらい血液の画像分析を初めて受けて自分の血液の汚いことにびっくりしま
した。あまりにもひどかったものですから、てっきり助手の方がまだピントを合わせていないのだと
思い込んでいましたが、ピントは正確に合っているということでした。
そのひどさは先生のところにある悪い見本よりもズーっと汚れていたのです。一年もかけて三重
県まで通い漢方薬を浴びるほど飲んでいただけに”いったい今まで何をしていたのだろう”と愕然
としてしまいました。西洋医学でも東洋医学でも治らなかった理由が分かったようで希望が見えて
きました。
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《血液が健康のカギ》
大沼先生のところでは西洋医学の検査では分からない血液の状態を調べていただきました。1年
間も漢方薬を飲み続けてきたにもかかわらずきれいな血液どころか、めちゃくちゃに汚れていまし
て強烈なショックをうけました。
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《金属メッキの状態》
一番驚いたことは「血液をきれいにするためには化学薬剤では不可能」ということでした。「血液は
水と同じで自然界に存在している植物のつくる酵素と、土や岩にふくまれているミネラルの相互
作用できれいになるので、血液をきれいにするためには、これまで病状を抑えるためだけに飲んで
いた薬を徐々に少なくしてみてください」ということでした。
それも「病状とは、体を元に戻そうとして出ている生体反応であることが多く、むやみに抑える
と生体反応がとまることになり、最終的に自律神経が狂うことになります。」また「化学薬剤をとり
続けることは、人間の消化器では完全に消化できない物質でつくられたものを体に入れることになる
ので、何年も残って体の中が金属でメッキしたような状態になる」と言われハツとしました。
さらに「そのために血流が悪くなり、さまざまな臓器の機能が低下し、深刻な副作用が新しい病状
となって発現することになるのですから、続けると必ず病状が複合化し、病気がいかにも増えたり悪
化したり進行したように診断され、新しい薬が次々と上乗せされ薬の教がどんどん増えて、いつの
間にか薬漬けになり、免疫力が下がり悪循環になりがちです」という事を知らされまして本当に驚き
ました。
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《遺伝子は変わる》
また、「人間は生き物ですから、遺伝子に書かれていない物質を不自然な状態で体に入れる事や遺
伝子に書かれていないことを続けていると、遺伝子が早く傷つき壊れてしまう」ということを、「生命
の暗号」というベストセラーの本を書いて有名になられた、筑波大学名誉教授の村上和雄先生もおっ
しゃっているというお話を聞かされ、薬に頼ってきた自分がこれまで大変な間違いを選択してきた
ことを知りました。
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《薬漬けの習慣》
しかし、一度習慣になった薬を止めるということは勇気のいることでした。冷静になって考えに
考えてみましたところ、一年間も使ってこんなに血液が汚れているのは自分に合っていなかったこ
との現れだと思い、それまで毎日朝昼晩ときちんと飲み続けてきた薬を全部止めてみることに
しました。
私は薬が大好きで、昔から沢山飲んできたものですから、薬を止めることが本当に心配でした。で
すが、本来ならば去年の12月12日にとっくに死んでいてもおかしくはなかったものですから、ここま
で来たならと思い、これまで信じていた薬を全部思い切ってやめて様子をみることにしました。
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《遺書》
忘れもしません。平成13年の6月12日にまだ意識がはっきりしているうちにと思い、「遺書」を書
いて残しておこうと思いまして書いておきました。本来ならば命日は2001年の12月12日という
ことで覚悟していましたから、この際と思い徹底して大沼先生の指導を守ってみることに決めまし
た。その遺書はいまでも記念にとってあります。
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《改善反応》
大沼先生のところで最初に試したことは、梅干のエキスなど数種類の健康食品でした。それを飲
み始めましたところ、すぐに背中や腰の周りに少し湿疹のようなものができてきました。それを見
てうちの家族は「やっぱりまがい物を飲んだのではないの」といって不安がっていました。
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《ゴムバンド療法の絶大な効果》
大沼先生の指導を受けてもう一つ驚いたことは、皆さんが巻いているゴムバンド療法の効果の大
きさです。私はそれまでゴムバンド療法は腰痛とかヘルニアなど腰の悪い患者さんだけが使うもの
だと思っていたのですが、家に帰って実際に足首から巻いて膝、腿、腰、肩に巻いてみましたら、翌
日レバーの固まりのような大量のタール便が出ました。
それで家族も私も病院では血便が出たら人口肛門にすると聞かされておりましたから慌てましたが、出し終わると逆に気分がとてもすっきりした感じでサッパリして落ち着きました。その後直ぐに大沼先生に確認しまして解毒反応だと知りまして安心しました。
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《出た分だけ楽になる》
その後、大沼先生は温泉水もよいと言うことでしたので、試飲してみましたらやはり血液がきれい
になったものですから、早速取り寄せて続けてみました。それに計算してみましたらペットボトルで
スーパーの水を買うよりも安いものですから、まとめて18リットル買って飲み始めました。そうしたところ
今度は次の日には腰の周りから背中全体にかけてアトピーのような湿疹が出始めました。
まだ続いているのですが今まで何の変化も無かっただけに嬉しくて本当に喜んでおります。普通、
血液がよくなるとどんどん余分なものが体の外へ運びだされるということを知らされていない人か
ら見れば、一見すると病気が益々悪化しているようにしか思えない反応ですが、大沼先生の指導の
とおりに出た分だけ体が楽になるのがはっきり分かるようになりました。
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《病院での悪夢》
私が入院していた半田市の病院では6人部屋でしたから、抗がん剤1回目の人がいて、私は2回
目、こちらは3回目を終わった人、そして4回目に行く前にですが、3回目を終わると治す、治さ
ないということとは関係なくお腹を関いてまた閉じるのです。
さんざん抗がん剤で叩いて叩いて叩いた後に、開腹してお腹を調べるものですから急激に体力がな
くなってまいります。そしてこちらは4回目と、ですから4回目を過ぎると急にお茶碗も持てなく
なり自力で立つことすらできなくなります。ガクンと体力がなくなった状態です。更に5回目、6
回目になると鼻から管を通して流動食に、という風にだんだん弱ってゆくのが分かってしまうもの
ですから、次は私の番なのだなとか、もうじき私も死ぬんだなとしか考えられませんでしたし、当時
同じ部屋にいた患者さんで私以外は全員亡くなっているものですから、当然私もそのうちに死ぬん
だと思い込んでおりました。
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《仕事に復帰》
ところが大沼先生にお会いできて、肉体の生理反応を学んでからは全くそんなことは考えられな
くなりました。実際にこの2ヶ月間の経験で得たことはとても大きいです。
末期がんが原因でやせて死んでいくと言う不安は全くなくなりましたし、むしろ体重も完全に元
に戻り病気になる前のように健康的になり、お陰様でピアノもまた教えられるようになるまでに回
復できました。
しかし、この様なことを何も知らされていなくて、今まで通りに何の疑いも無く病院の先生に付いていたならば、当初の予定通り医師の診断どおりにとっくに霊界に旅立っていたのだろうと思います。
2002年10月 ビズダニ 紀代子
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ビズダニさんの体験を聞いて改めて思ったことは、ヒトの運命には意味があるということでした。
偶然のように思えるたったひとつの出会いでしたが、彼女は命がけで助かる方法を求めてきたので
す。
また、西洋医学との関わりで、人生これからという時期に、健康な子宮も卵巣も切除されてし
まったことは、後悔しても仕切れないことといいましたが、ここで元気になれたので、これもまた
運命とあきらめて、これから前向きに生きて行きたいと言われたことが印象深いです。
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参考資料 「がんの盲点」
自然医学総合研究所 所長大沼四廊著 (三省堂出版)
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自然医学総合研究所様は、【自然医学免疫活性治療法】と弊社の【乳酸菌生産物質の継続飲用治療】とを併用治療して、癌の改善の実績を出されています。
もしご希望の方は、【乳酸菌生産物質ネット】にご連絡いただければ、自然医学総合研究所様をご紹介します。
フリーダイアル 0120-239-007 にいつでもどうぞ
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